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「努力」より「ハマる」が大切

僕の考えでは、「努力」より「ハマる」のほうが格上だ。「努力」には、他者からの見返りを求める(承認欲求)ニュアンスがあるが、「ハマる」には、承認欲求を度外視してるニュアンスがあると思う。こう考えるのは、しっかりとした体験に基づいているからだ。それは、僕が高校のときの話だ。高校に入学し、僕は、サッカー部に入った。中学校のときは、サッカーをやっていなかったが、小学校のときに6年間やっていたので、それなりに高校のサッカー部でもやっていける自信はあった。しかし、入ってすぐに、自分の考えの甘さに気づいた。

サッカーは、ボールを「止める・蹴る・運ぶ」の三要素で成り立っている。その三要素全てにおいて、相対的に劣っていた。だから、全体練習とは別に、個人練習をしなければならなかった。このまま劣等感を抱えながら、サッカーをするのは嫌だった。だから、毎日、ボールに触った。でも、3,4か月練習しても一向にうまくならない。ただ個人練習をし始めて、半年たったぐらいで、相対的評価を全く気にしなくなった。半年たっても、全く、うまくはならなかったが、劣等感はなくなっていき、個人練習じたいが楽しいと思うようになった。この時期が、「努力」から「ハマる」への転換期だと思う。練習し始めて、半年までは、相対的評価という邪心があったが、その後は、悟りに近い感覚で練習をしていた。全体練習が終わって、家へ帰ったら、すぐ着替えて、身体が勝手に公園のほうへと導いてくれる。「努力」の期間は、練習するのが、めんどくさいという感覚だったが、「ハマる」の期間は、めんどくさいことが好きなことに変わってしまっている。個人練習して、一年後、目に見えて、「止める・蹴る・運ぶ」が上手くなった。結局、試合には、出れなかったけど、個人練習は続けた。それは、「ハマる」という状態だったからだと思う。だから、これを読んだ人に言いたいのは、「努力」の状態から「ハマる」の状態にいくまでは、辛抱してください。これは、自戒を込めて言っている面もあります。今、現段階においては相対的評価を意識しながらブログを更新しようとしていますが、いつの日か、ブログを更新する行為自体を純粋に好きになる状態まで持っていきたいと思っている。それが半年後になろうと、一年後になろうと......。