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我慢しないことは善である

「我慢しないといけない」小さいころから無意識の内に大人(特に親)から植えつけられている。
だから、世間一般的には、我慢することは良いことで、我慢しないことは悪いことだという観念がまだある。
果たしてそうだろうか。我慢が大事だと大人は言うが、ずっと我慢すれば、精神的に参ってしまうのは目に見えている。
自分の中で納得のいかないこと、嫌いなことをし続けると、比例してテンションがローになっていく。そういう状態になると、
人は肉体より先に精神がやられる。近年のうつ病の多さは、それを物語ってる。
このように、日本では、我慢することは良しとされている。なぜ、大人たちは、我慢することを良しとするのか。
それは、我慢の対価として、お金がもらえるからだ。たったそれだけのために我慢するのだ。


だから、我慢することに対して不審を抱く人間も出てくるのだが、しかし...。

みんなが「右向け右」で、左を向く覚悟

我慢することの弊害を、みんなが気づいてるのに、我慢を止めない大きな要因がある。
それは、我慢することが常識だからだ。なぜ、そう断言できるか。ここで、一つ例を挙げよう。
運動部に入ってる人または過去に入ってた人は、分かるとは思うが、一度運動部に入るとやめようと思った時、やめにくいことがある。
中学、高校と運動部をやめたいけど、やめれないという人がいたけど、そういう人に、なぜ、やめないのと聞くと、決まって同じようなセリフが返ってくるのだ。
「みんな、やめないからやめれない。」「顧問の先生に怒られるからやめれない」
こういうセリフって、我慢することが常識の世界でしか、あり得ない。だって、我慢しないことが常識の世界だったら、やめる人がもっと出てきていいはずだし、顧問の先生にも怒られないはずなのだ。
このように、常識というのは、人の意志を奪ってくる。
ただ、皆さんには、自分の意志を通してもらいたい。そうしないと、一生ストレスを抱えながら生きていくことになるから。
先に運動部の例を挙げたが、もちろん、運動部に入って、1,2か月で辞めたやつも2、3人いる。
その人たちは、共通して、楽しそうだった。なんせ、我慢してないから。
これは、僕の勝手の推測だが、運動部に入ってる人たちより運動部を途中で辞めたやつのほうが幸せになれるやつかもしれない。
なぜなら、自分の意志で、物事を決めてるから。そういう人たちは、決まって、何が嫌いで、何が好きか判断し、嫌いなことはせず、好きなことはするというシンプルな生き方をするだろう。
「我慢しないこと」は善である。そう決め込んでいいんじゃない。