読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

成功しても、失敗しても、あなたの価値は変わらず高い

さまぁーずの三村さんを最近、うらやましいなと感じる。

なぜだろうか?

「優等生的な笑いの取り方ができる」からいいなと感じるのか。

だったら僕の中で、三村さんをひがいきにしない。そんな人は、芸人さんの中で、山ほどいるから。

だったら、なぜ、三村さんをうらやましなと感じるのか。

それは、「優等生的な笑いの取り方」とは、真逆のベクトルで笑いが取れるからだ。

つまり、天然のボケである。前者は、予定調和、つまり、自分の思った通りに笑いが取れたもので、後者は、予定が崩れたもの、つまり、自分の思った通りにならなかったけど笑いになってしまったというもの。

この後者の代表的な芸人さんは、出川哲郎さんや狩野英孝さんである。

要は、この二つをすべて兼ね備えてるのが、三村さんなのだ。

テレビに出てる芸人さんは、どちらか一つは必ず持ってる。

なかでも、前者の人が多く、後者の人は稀有だ。なぜなら、同業者も、視聴者も、後者の人に憧れたりしない。

だって、前者が好きって公言してるほうが、センスがあるように映るし、勝ち負けで言うと、前者のほうが、勝ってるように見えるからだ。

でも、生きていくうえで、大切なのは、自分の思った通りにならなくても、ましてや、負けても勝ったときと自分の評価は変わらず高いのだと知ることなんじゃないのか?

損してもいい理由

先ほども、書いた通り、三村さんは、予定調和の笑いも、天然の笑い(噛む、言い間違え)もどっちもできる。

言い換えると、三村さんにとって、成功も、失敗も、同じ価値なのだ。成功しても、笑いだし、失敗しても、笑い。芸人に限らず、成功してる人は、実はこういう感覚で仕事をしてる人が多い。

例えば、

仕事で失敗しても「自分には価値がある」とか「愛されてる」とか「誰かに認められる」とか。

別に何の根拠もなく、そう思い込んでる。

だから、その現実がただ来てるだけだと思う。

「価値があった」という現実。「認められている」という現実。

反対に、「失敗したら、自分には、価値がなくなる」とか、「認められなくなる」と思ってる人は、ほんとに、それが来るんだと思う。

だから、失敗しないように、無駄に努力したりする。

それで、努力が実を結べばいいが、ほとんどの人が、実を結ばない。

「失敗したら、自分には価値がなくなる」という前提で生きている限り、ずっと何かに追われる人生になる。

それは、努力なのか、なんなのか分からないけど。