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「孤独=寂しい」は短絡的すぎないか?

ここ一週間、インフルエンザで、バイトもしてないので、一人でいる。

そのためか、孤独について、考えてしまう。そして、今、思考の果て、思索では物足りず、孤独について、ブログに書こうとしている。

ひとりぼっちでも寂しくない

人は、孤独を嫌う性質がある。

なぜ、嫌うかと言うと、一人でいると、寂しく感じるからだ。

一人でいると寂しいから、友達や恋人を作ることに必死になる。

私から見ると、他人が友達や恋人を作ることに必死になればなるほど、寂しいという感情から逃げているようにしてならない。

その感情から逃げることは正しいのか?または、その感情は悪いことだと思うことは正しいのか考えてみたことがあるのか?

一人でいることを恐れている人には、一週間、極力、友達と遊ばず、一人でいることをお勧めする。

寂しいという感情から逃げるという行動の選択をして来た人が、ぶつかる、向かい合うという行動の選択を選べただけ、得るものが大きいはずだ。

まず、ひとりぼっちでも、言うほど寂しくない。

大人数のところにいるより、ひとりぼっちでいるほうがいい。

あと、一人の醍醐味は、やりたいことを、他人のことを考えず、やれることである。

私の場合で言うと、ラジオ、リフティング、DVD鑑賞、youtube、読書、そして、今、ブログを書いているが、インフルエンザである期間だから特別だということではなく、これらのことはバイトが休みの日は、この辺の趣味をたしなんでいる。

だから、今、すごく楽しいのだ。

欲言えば、あと、彼女がいて、気の合う友達がいて、お金があればいいなと思う。

矛盾しているが、それでも、そんな強く欲しているかとなったら、強くは欲してない。

「あればいいな。でもなくても、今のままでも、それなりに楽しい」という感情である。

だから、今から、出会いの場にいっぱいいってやろうという気はない。

今、楽しいから、それ以外のものが欲しくない。なぜなら、満たされているから。

彼女を作るための行動。友達を作るための行動なんて、つまらないし、苦しい。

先々のために、我慢して、努力することなんて、ナンセンスだ。そこ(彼女できた、友達出来た)にいたるまでの経緯が、楽しくないのはいやだ。それだったら、そもそも、そこを通らず、自分一人だけ喜ばせたらいいと思ってる。

向上心なんて糞くらえだし。夢なんて糞くらえだ。この言葉のせいで、苦しむのだ。

今さえ、楽しければいいし、未来のための苦しみなんて、捨てたほうがいい。

脱線しちゃった。結局、なんだっけ。