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怒られる側に理由はなく、怒る側に理由がある

「できないこと」「わからないこと」に直面したらどうすればいいか。

答えは一つ。他人にゆだねる。他人に聞く。他人に任せる。他人に頼む。

答えが一つではないように思えるが、広い意味では同じである。

要は、「他人」を意識すればいい。他力と言い換えてもいい。

基本的に、人には「自力」と「他力」があって、「自力」は先天的に、備わってることが多い。それは、今まで生きてきた中での環境や日本人特有の気質から来ることだと思われる(勤勉、がんばることが美徳)

だから、「自力」が良いか悪いかの話はナンセンスであり、そもそも人間には備わってる資質だから、良しあしを問うことは、「男で生まれたことが良いか悪いか」を問う質問と同じぐらいバカで、愚かなことなのだ。

つまり、元々あるものだということ。だから、いいか悪いか議論したところで「ある」んだから、仕方がないのだ。

ただ、「自力」の強弱について論じることはナンセンスではない。

「自力」は勝手に、無意識的に働く。しかも、際限なく働き続ける。(勤勉がすべてだと思ってる人は特に)

そうなった人の末路は、極端かもしれないが、身体にがたが出るかなんらかの精神疾患になる。

現に、精神疾患になっている人は、他人が信用できず、自分の中で世界を構築してしまい、それが進めば妄想化する。

おそらく、そうなってしまう人は思考が短絡的である。

例えば、何か仕事の上で、「できないこと」や「わからないこと」があったとしよう。

もし、「できないこと」を抱え込んだ状況だと、自分が困る羽目になる。だから、他人に聞けばいいだけの話だが、聞けないのだ。なぜか?聞くことで相手に手間をとらせることが悪い。あるいは、一回同じことを聴いているから、二回目聞いたら怒られるのではという恐れがあるから聞けないのだ。だから、抱え込む。そうじゃなくて、他人に頼んだほうがいい。「できないこと」「わからないこと」だけじゃなくて、「苦手なこと」「しんどいこと」も他人に任せていい。

自分は、好きなことと得意なことだけやっていればいい。そこだけ「自力」を働かせて、あとは「他力」を使おう。

また、他人に頼んだことで、相手に怒られたとしても頼んだ本人のせいではないから。

怒った本人のせいだから。怒った人が「それは悪いこと」だという認識があったから、怒ってるのであって、あくまで勝手に怒ってらっしゃるというスタンスをとったほうがいい。能力や資質は、人によってばらつきがあるんだから仕方がない。全員が全員が「できる量」「出来ない量」が同じなら、怒ってもいいけど、皆違うから。物覚えが悪い人は、基本ずっとそのままだし、仕事の覚えるスピードが遅い人も、ずっとそのまま。それって別に、ネガティブなことではなくて、そういう人は、別のところで、ほかのひとはできないけど自分は圧倒的にできちゃうものがあるから。だから他力を使おうねってことなんだよ。一の努力で一しか成果でないものは、他人に任せて、自分は一の努力で10の成果でるものだけやってればいいからね。それで、任せて怒られたら、そいつが悪いってことにすればいいから。なにもかも、怒ってくるヒト基準の仕事はできないし、やらなくていいよ。他人の基準を満たした仕事より自分の基準をみたした仕事のほうが、そこには無理もしてないし、何より精神的に健全だから。