「働いた感」はいいけど、「働かされた感」はダメな理由

疲れるまで働くことは、基本的に、NGである。

世間一般的には、一日八時間程度働くことは普通かもしれないけど、僕には、それはできない。

「できない」というより「やりたくない」というのが正しい。

仕事内容には不満はないけど、仕事時間にはこだわりがある。

それは、一つの仕事を一日に四時間以上働くと、飽き始め、ゆくゆくは、体力が消耗するより先に、精神が消耗するのだ。

さっきも、書いたように、仕事内容にストレスを感じないし、バイト先の人間関係での悩みもない。

人から見たら、仕事内容と職場での人間関係にストレスがないことを、羨ましがられるかもしれないが、それは、今後、詳しくブログで書くとして、今回は、「飽きる」という感覚について、書いていきたい。

良い気分でいられる勤務時間は、3時間

ちょうどいい勤務時間は、各々によって異なる。

このちょうどいい勤務時間は、「働いた感」と言い換えてもいいかもしれない。

あなたは、理想の勤務時間、もしくは、「働いた感」を得られる勤務時間は何時間だろうか。

僕は、さっきも書いたみたいに、1つのバイト先に対して、1日4時間以上働くと、「飽きる」という感覚に陥る。

だから、「飽きる」一歩手前の3時間がちょうどいい勤務時間、「働いた感」が得られる時間なのだ。

良い気分、心地よさを感じられるのが、この時間である。この時間までは、働きながらにして、精神的な充足感も得られる。

問題は、1日4時間以上働くことになった場合だ。

まず、仕事内容関係なく「飽きる」という状態に入る。

先日、一つのバイト先で10時間以上働いたのだが、だましだましやってる感覚がすごかった。

働いてるときも、心の中で繰り返し呟いてた。

「だましだましやってれば、時間は過ぎるだろう」

こういう思考回路なってる時点で、僕の中では、もうアウトなのだ。

常日頃から、「やりたくないと思ったタイミングでやめること」というのは、心がけている。

その理由は、毎日、気分よく、楽しく過ごしたいからだ。

だから、いつ、どんなときでも、欲に素直に行動してきた。

でも、それができないもどかしさというのは、多少悔しかった。

10時間働いてるが、半分以上の時間は、自分の意志関係なく、働いてしまってる。

心地よく働ける時間「働いた感」ではなく完全な「働かされた感」である。

良い人に思われたいという願望を捨てる

1日3時間以上働かないことに決めました。

シフトにも、1日勤務時間3時間で提出します。

問題は、その後。

相手が、「勤務時間伸びてくれへんか?」とおそらく、来る。いや、絶対来る。

前は、「もう一つのバイトがその日ないから入れますよ」と意気揚々と答えてしまったので、結果的に長時間労働につながった。

次は、対応を変える。僕は、心地よく、居たいのです。だから、意地でも休みを確保します。そして、元来、良い人に思われたいという願望が欠落しています。その願望の欠落を利用します。

要は、ハッタリ。嘘の理由を用意しておくことです。向こうは、こちらがフリーターであることをいいことに長時間労働を目論みます。しかし、こちらが、掛け持ちでもうひとつバイトしていることも知っています。

それを利用しない手は、ありません。

例えば、「18時から働けないかと来たら、18時までもう一つのほうがある」と答える。

もう一つのほうのバイトがない日でも、そう答える。むしろのそちらのほうが大切である。

休みはもらうものではなく、とるものだ。