面接では他人の言葉じゃなくて自分の言葉を使うこと

とりあえず、2社一次面接受けて、1社は二次面接を受けることができて、もう1社は結果待ちという状態だ。

一次面接の自分の中での出来で言えば、50点ぐらい。

まず、2年前就職しようなんて思わなくて、現在、就職しようと思って、スーツ着て面接受けてるのが我ながら偉いなという意味で40点自分にあげてるからね。

あとの50点は、面接の中でうまく話せた部分と話せなかった部分があったなということだね。

うまく話せた部分は、自分の経歴を話すとき。

なんで芸人始めたか?とか

なんで芸人辞めたか?とか

あと、逆に、予想外の質問をされたときも、うまく話せた。

うちの店舗は行かれたことがありますか?

この店舗で働く上で、あなたの能力はこの店舗ではどういったところで発揮されますか?

自分の経歴を話すときと予想外の質問をされたときに、うまく話せたのはなぜか?

自分の言葉で全部話してるから。

自分の経歴を話すときは、単に、過去を思い出して、自分の言葉で話してる。

予想外の質問をされたときも、少し間をおいて、自分の考え、自分の言葉で話してる。

そこには、受け入れの言葉がない。

反対に、想定内の質問をされたとき、うまく話せなかったのだ。

企業への志望動機とか

フリーターから正社員になろうと思ったきっかけとか

転職会社で、面接前の面接の対策をしてくれるんだけど、志望動機とか正社員になろうと思ったきっかけとかって、絶対聞かれるから、僕が話した志望動機とかって、誰が聞いても納得感の得られる言い回し、答えに親切・丁寧に直してくれるわけ。

そうやって添削が入った志望動機を見たときに、普通に自分が思ってることを書いてくれてるなって思うわけ。

ただね、読んでて違和感があるわけだ。

それは、自分が普段使わない言葉、言い回し、文脈があるからだ。

人材とか教育とか指導とか言わない。普段、人とか教えるっていう言葉しか使わないのだ。

面接当日は、普段使わない受け売りの言葉の志望動機を思い出しながら話してて、案の定詰まった。

受け売りの言葉を話してるとき、内容は合ってるけど、自分自身嘘をついてるなと思った。

だって、普段難しい言葉なんか使わないから。

受け入れの難しい言葉を使うから、話すとき思い出すという行為が必要になるわけで、それだと暗記した言葉をただ話してるだけだから、感情も入らない。

自分の言葉だったら、感情も入るし、いちいち志望動機なんて暗記する必要なんてない。

ただ単に、なぜ、この会社に入りたいと思ったのか、正社員になろうと思ったのかを自分が普段使ってる言葉で話せばいいだけ。

だから、他人の受け売りの志望動機はさっさと忘れれる。本番も絶対聞かれることは暗記しない。自分の言葉は、感情が入っていきやすいし、嘘がない。

 

自分の言葉には嘘がないし、感情が入る。感情が入ったものは忘れない。教科書(難しい言葉)の内容はすぐ忘れるから。暗記しようとする。

 

 

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うまくいかなくても笑えるか?

本番はうまくいかないと予測できる。

本番まで、機嫌良く過ごそうと思ってるのに、少しの心配事や悩みがあるだけで、機嫌良く過ごせなくなる。

そういう意味でいうと、明日、第一希望の会社の面接だけど、メンタル的にうまくいってない。

はっきり言って、リズムも悪い。

いつもの時間に歯を磨き、ブログを書くことが出来てない。

いつもの時間にいつものことが出来なくなるのは、悩みがあるから。

リズムを良くしたいから、心配事や悩みはすぐになくすように心がけてる。

なくすのにもエネルギーも使うし、タイミングの問題で、悩みをなくせていないままのこともある。まさしく、絶賛悩み抱え中ですけど。

面接において、面接の準備をしておくことは大切だけど、僕にとって、それ以上に大切なことは日常の機嫌の良さをキープしたまま面接に臨めることが一番大切なのだ。

それは、面接に限らず、仕事でもなんでも。

日常の延長線上に、受験やら仕事やら面接やらがあるわけで、日常生活は影響を与える。

日常の機嫌の良さ、面接に関係なさそうに見えて、関係あると思ってる。

そういう意味で言うと、うまくいかない可能性が高い。

機嫌の良さをキープできなかったというメンタル面の準備不足である。

はっきり自覚した上で、どうやって面接に臨むか。

うまくいかない可能性が高いから、面接で内定が出なくてもある程度予測できることということになる。

つまりは、明日の面接は「ダメでもともと」だから、開き直って面接に行ける。

どれだけ、面接までに開き直れる要因を作れるか。開き直れれば、面接の場でそれだけ余裕と楽しむこともできるということになる。

うまくいかないことを楽しめるか?

失敗を笑えるか?

失敗した後は、今に戻るけど、今は楽しめてるか?

明日までに出来る準備の大半は、こんなことに費やされる。

 

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不機嫌にならないために、自分の世界から嫌いな人を除去する

毎日、機嫌よくいたいと思ってる。

第一希望の会社に面接に行く前の日も、

仕事の前の日も、

極力、機嫌よくいたい。僕にとっての「機嫌の良さ」は習慣が出来てるかどうかだ。

朝起きて、歯を磨いて、筋トレして、ブログを書いて、朝ごはんを食べるリズムを崩されるのが嫌だ。

ブログを書く前に、パソコンのメールを見て、返信しないといけない内容だったりするとブログ書いた後に、メールを見ればよかったと思う。

返信の内容を考えて、書くのだって、エネルギーがいるし、向こうのメールに配慮がなかったりすると腹が立つ。

ブログを書く前に不機嫌になると、ブログも書きたくなくなる。

不機嫌になる原因は、メールだけではない。

嫌いな人が近くにいるだけでも、不機嫌になる。

嫌いな人には、まず言いたいことを言うこと。

その次は、嫌いな人と会わずに済む方法があるなら、とるべき手段をとる。

僕の場合、転職エージェントとの相性が悪いなら、速やかに担当を変えてもらうように相談する。

担当を変えたいと思った理由を聞かれたら、正直にその理由を言えばいい。

「担当変えてください」➡「はい、わかりました」

と理由を聞かれずそれで済むならそれでいい。

嫌いな人の嫌いな理由を言っても解決しない。

一番大切なことは、自分の世界から嫌いな人をなくすために取るべき手段を取るということ。

嫌いになったものはしょうがない。でも、自分の前に嫌いな人がいたら、不機嫌になったままだ。

だから、自分の世界から嫌いな人を除去するために、具体的な行動にとる。これ、即ち一番大切である。

早速、明日、自分の世界から嫌いな人を除去するために、動こうと思う。

 

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失敗を笑えてる状態が、最強

今日は、「面接」のことは、おいとこう。

来週も一社面接もあるし、一通り面接が終わったあと、書こう。

最悪、4月ぐらいまで就職決まればいいしね。今、楽しいから、妥協して就職する必要ないし、たぶん内定決まられないと思うから。(その理由も後々書こう!)

まぁ、でもごめんなさい。結局、「面接」のこと関連してくるわ。

昨日、面接だったわけ。

それで、面接の前の日、大体、面接で想定される失敗を考えてたの。

「緊張して頭の中真っ白になって何も言えなくなる」とか

「敬語じゃなくてタメ口になった」とか

本番で想定されるミスを考えてたわけ。

でね、当日起きたミスは、「5分遅刻」っていうね。

その原因が、就活のベルトのバックル調整に時間がかかって、家を出る時間が遅くなったからっていうね。

僕にとって、「5分遅刻」と「ベルトのバックル」は想定外なわけ。

遅れる旨を企業に伝えたけど、たぶん落ちてるだろうね。

遅刻したことを、「お気になさらずに」って言って、普通に企業の説明と面接もしてくれたけど、面接なんて向こうは話半分にしか聞いてないと思うよ。

内心「遅刻した。社会人失格。面接で何言ってもムダ。こいつ落とそう」だと思うけど。まぁ、ネガティブキャンペーンはここまでにして。

想定してた失敗は起きなかったよ。

自分の中では、緊張せずに面接でベストを出せたと思うし、合否は遅刻したこともあるからちょっと分からないけど、想定外のミスはちょっとショックだったんだよね。

面接会場まで走って、面接でも緊張しなくても、気ははってるから、面接後は心身ともに疲れてる状態。

そして、頭の中は、

「なんで遅刻したんだろう?」

遅刻したのが、電車の遅延や寝坊、道に迷ったとかではなく、「ベルトのバックル調整」だ。

「なんで遅刻したんだろう?」と考え始めたときはショックだったけど、ベルトのバックル調整って思ったら、わらけてきた。

たぶん、失敗したことを笑うことが出来れば最強なんだと思う。

失敗したことを笑える人は、その人が成功しても笑える人だし、どの段階でも笑えることを意味する。

「大勝負」に負けても、悲しまない人。

・受験

・就活

・スポーツ

・昇進

の共通点は、勝負する前、現在の状態でも楽しめてるかどうかだけ。

負けたら、現在に戻るだけだから、そこが楽しめることが出来てたら、勝負のときも緊張せずに済むってわけ。

だって、負けても勝っても天国だから。

僕も今、就職の面接っていう勝負してるけど、緊張も気負いもないよ。

ましてや、切羽詰まるも背水の陣みたいな感じもない。

だって、就活失敗しても、自分のことを求めてくれる場所がちゃんとあるから。

2つで掛け持ちでアルバイトしてるけど、

「就職頑張って。でも、うちらは、居てくれれば居てくれる分だけうれしい」

人柄が良くて、要は、やめられたら寂しいと思われてるのか、単に、アルバイト1人抜けると自分がしんどくなるから。要は、自分のことを駒として見てるのか。

どっちにしろ、今の場所でも必要とされてるんだから幸せなこと。(人柄が良くてと思われたいけど)

だからこそだよね。就職先は妥協したくないわけ。

就職するのも今楽しいけど、もっと楽しむための選択なわけだから、妥協しない。

無理して早く就職する必要なんて全然ない。

 

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面接では名前だけ言えれば合格

明日は、始めてスーツを着て面接をする。

っていうことは、正社員登用へ向けてってことになる。

しかも、新卒じゃなくて中途採用で。

正社員の面接ははじめてであり、今まで経験したのはアルバイトの面接と大学のゼミの選考のための面接ぐらいだ。

たぶん、ゼミの選考のための面接と正社員の面接では、合否の確率は近い。

ゼミの58人の内20人が合格して。受かる確率は、三分の一で。その時は合格した。

大学のゼミの面接は、ゼミ生が自由に質問するので、結構カジュアルなのだが、明日の面接は180度違う面接になると思う。

恰好はスーツだからフォーマルだし、面接官だってスーツだからフォーマルだし、まず、質問の内容が一番フォーマル。

何もかもフォーマル。雑談が超カジュアルなら、明日の面接は超フォーマル。

ただね、ゼミのときの面接と明日の面接で似てることがある。

それは、「緊張」に対する考え方である。

普通は、一般的には、面接では緊張するのだ。まず、その前提がある。

その前提がある上で、僕は面接をする前に面接後に起こりうる可能性を考える。

それは、ゼミの時も、明日も、恐らく似たようなことを考えている。

ゼミの時は、

①合格したとき➡単純にうれしい

②不合格だったとき➡逆にその時にいた友達と一緒になれるからそれはそれでいいと思う

明日は、

①合格したとき➡単純にうれしい

②不合格だったとき➡今バイトしててもある程度楽しいから、不合格だったとしても今に戻るだけだなって思う

マイナスの状況を想定しておいて、その状況でも精神的に豊かに暮らせると分かれば、面接でも腹が据わって緊張しなくなる。だって、合格しても不合格でもどっちにしろ楽しいわけだから。

あとは、「面接で起こる一番最悪の状況を考えておいて、それより出来が良かったら、自分の中でオッケーを出そう」ってことです。

例えば、最悪の状況が「始まった途端、頭真っ白になって、自分の名前さえ言えなくなって、結局何も言えず終わった」だとしよう。

校歌をみんなの前で歌うテストをしてる状況で「声が震えて、最終的には泣いちゃった」だとしよう。(小2のときのリアル体験)

これが最悪の状況だとして、名前を言えた時点オッケー、一瞬歌えた時点でオッケーなわけだから気負わず面接できるってわけ。

面接で最高得点だそうと思ったら、緊張するけど、最低得点じゃなったらいいよってなったら緊張しないでしょ。

ハードルは高く設定しない。低いハードルでそのハードルを越えた自分を褒めてあげようと思えば、精神的に楽。

僕は、最悪の状況を設定して、名前だけ言えればそれでいいし、

仮に面接落ちたとしても、今の環境で楽しめてるなら、結局そこに戻るわけだから、不合格でも楽しめるってことが分かれば緊張しにくくなる。

だって、どこいっても楽しめることが分かってるから。

じゃあ、名前だけいってこようっと!

 

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理性に従えば気分よく過ごせ、本能に従えば我慢を強いられる

 ※二年前とは、反対のタイトルで、反対のことを書きました。暇だったので。

thinkergirl.hatenablog.com

 自分が書いた記事のタイトルを時間があったので、ざっと見ていたところ、「本能に従えば気分良く過ごせ、理性に従えば我慢を強いられる」というのがあった。

本文は見てないけど、内容は大体イメージできる。

その上で、時と場合によるということだ。本能に従ったほうがいい場面があるし、理性に従ったほうがいい場面もあるということだ。

例えば、貴闘力という力士を御存知だろうか。

彼は、現役中、取り組みで勝ったお金、優勝賞金もほぼすべてのお金をギャンブルにつぎ込んでいた。

稽古がある日は、稽古後にギャンブルに行くような生活を繰り返していた。

俗に言う、ギャンブル依存症であり、暇さえあれば、ギャンブルをやって、借金を作ってしまうため、現役引退後は、飲食店の経営者として毎日暇なく忙しく働いてる。

暇ができると、ギャンブルをやってしまうため、わざとめっちゃ忙しく働いてるみたいだ。

貴闘力にとって、ギャンブルをやらないことは正解であり、ギャンブルより働いて借金を減らすことのほうが正解なのだ。

仮に、貴闘力のようなギャンブル依存症、依存症全般に言えるが、そういう人に「本能に従ったほうがいいよ」なんて言って、ギャンブルを推奨することはいいだろうか。

答えは「No」だ。

間違えなく、理性を利かせて、我慢をしなければいけないタイミングなのだ。

 

thinkergirl.hatenablog.com

 我慢しなければいけないタイミングっていうのは、ダミーの欲が目の前に現れたときだ。

ダミーの欲は、お手軽に入る。

セックスしたいは、オナニーすることで消すことができる。

恋愛したいは、恋愛シュミレーションゲームで消すことができる。

しかも、ダミーの欲は年々進化してる。オナニーのおかずであるAVはスマホで見れるようになってるし、VRのAVはリアリティがすご過ぎて、体験した人によればほぼ現実なんじゃないかと思うみたいだ。

ってことは、ダミーの欲は、モノホン(本物のこと!)の欲に近づくってことだね。

年々彼女がいない人が増えてるのが、「彼女ほしい」という思いが、沈静化してくれる代物がいっぱい出てきたからみたいだよ。ダミーの欲は、「彼女ほしい」の何割かを叶えてくれる。ただ、ダミーの欲だから、実体のない「疑似彼女」だけどね。

ダミーの欲は、「疑似〇〇」を叶えてくれるっていうのは、覚えておくといいよね。

〇〇依存症って付くものとかっていうのは、ダミーの欲だし、疑似〇〇を叶えてくれるものだよってことだね。

・ニコチン依存症

スマホ依存症

ギャンブル依存症

・ダイエット

やりたい人はずっとやってていいんだと思うよ。

だって、AVだけじゃなくて、ダミーの欲は年々進化していくと思うよ。

もっとおいしいタバコも出ると思うし、ギャンブルだってもっと楽しくなると思う。

科学も文明も発展する。ダミーの欲は本物の欲に限りなく近づく。

疑似だって、ほぼ本物になる。

ただ、僕は、本物欲しいなって思うから、がんばってみる。

ダミーの欲に踊らされたくないなら、貴闘力みたいに、「暇なく働いておく」

暇になってくると、ダミーの欲が躍り出す。

仕事があるときのほうが、ブログは書けるし、筋トレもする。

暇になると、空白ができるようになって、途端に怠惰になる。ブログも筋トレも億劫になる。反対に、ダミーの欲に手を出しやすくなる。意味もなく、スマホでネットサーフィン、極め付けはyoutubeで時間をムダに過ごすはめになる。

忙しすぎるのもあれだけど、ある程度「暇なく働いておく」ほうが自制も利くし、習慣化してることもルーティンに載せやすいってことだね。

だって、仕事がある日、僕の場合は、

筋トレして、ブログを書いて、仕事だけど、

仕事がない日、筋トレも、ブログもいつしてもよくなるから、逆に調子が狂うわけ。

程よく時間がないときのほうが、習慣とか宿題ははかどる。

宿題をやるのはどの時間帯でもできるより、この宿題は仕事があって、この時間帯しかできないのほうができる。

締め切り、ルールもある程度は必要だってことだね。

 

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オフィシャルな場では感覚はしっかり論理的に説明できないと納得しないよ

「行動には必ず理由がある」

もう一回、繰り返そう。

「行動には必ず理由がある」

退職するにも理由があるし、今まで正社員にならなかったのにも理由があるし、

今になって就職しようと思ったのにも理由がある。

それも、感覚的・抽象的・擬態語で表せば「ふわっと」した理由じゃなくて、人が行動するには、具体的なエピソードがあるみたいだ。

ブログを書いてる人が言うのもなんだが、具体的、論理的というものが好きになれない。だから、自分がした行動を論理的に説明するのがすごく億劫だし、企業の面接ではそれが求められるし、なにより社会人になったら説明責任とかうんぬんかんぬんで論理的な説明が求められることが多くなるのだろう。

このブログだって、文脈なんて関係なく、感覚で書いてることだって多いし、全体、読み返したら、「箇条書き?メモ書き?」みたいなことだって全然ある。

もちろん、推敲なんてすることはない。過去のブログを振り返って見て、間違ってても訂正しない。

そんぐらい、論理が嫌いだ。論理が全てだと思ってるなら、間違いはあってはならないから、訂正するけど、僕はどうでもいいと思ってる。

それは、ブログに限らず、すべての行動に通ずる。

普段、生活してる分には感覚のままで動いた方が楽しいし、スムーズにことが運べる。

「〇〇こういう理由があって、僕はこれをします。」

じゃなくていい。

行動の理由は、

「なんとなく、やりたいから」

「好きだから」

「嫌いだから」

「より楽しむために」

「食いたいから食う」

「寝たいから寝る」

みたいなんで、僕の場合はいいと思ってるし、普段の生活はこれでいいと思うよ。

でもね、この理由だと、社会人として、どうなのかって問題にぶち当たるわけ。

オフィシャルな場で行動した理由を発表するときって、自分の主観とか感覚をそのまま伝えても却下されるわけ。そんなもん、もろだししたら、「はー何言ってんの?」で終わっちゃう。

だから、大事なのは、自分の感覚でした行動はちゃんと論理で構築してあげる。はたまた、「はー何言ってんの?」ってならないために、相手の質問をしっかり理解して、簡潔に相手に納得感を得られる答えを言わないといけないよ。

自分の感覚をオフィシャルな場、社会でいう時は、ちゃんと論理でコーティングしてあげる。

論理がないものっていうのは、絶対、世の中で採用されないからね。

怪しい宗教とか、「なんでお布施すればいいことあるの?」みたいな因果関係が不明だったり、論理が破たんしてるものは、まともな大衆には受け入れられないし、面接で「なんとなく」とか「より楽しむため」を言ってる人は、確実に落ちるってこと。←これは僕のことだけどね♪

オフィシャルな場ではなんとなくは論理に直すってことだね。

 

 

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