歯を磨くみたいにできること

ブログってなんのために書いてるの?

書きたいから書いてるの?それなら、1人でノート広げて書けばいいじゃん。

ブログを書く理由って、書きたいから書いてるっていう欲求、プラスα

他人に認められたいとか他人を喜ばせたいとかある。

それがなかったら、誰もブログやらない。

多少の「他人を喜ばせたい」という思いがあるから、ブログが存在してて、

「他人に認められたい」という承認欲求があるから、TwitterFacebookで「いいね♪」

を求める。

でも、ここで問題になってくるのは、

「書きたいから書いてる。ただ、お前、他人を喜ばせるブログ書けんのか

歯を磨くみたいに当たり前に文章書けるのか、お前は?」ってことになる。

実際、他人に認められるとか尚且つ、それでお金をもらうとかっていうレベルになってくると、「歯を磨くみたいに当たり前にできるのか?テメェー」ってことになる。

歯を磨くみたいに当たり前に、つまり毎日、頑張らなくても

・レジ打ちできるのか

・家事できるのか

・人と話せるのか

・料理作れるのか

・文章書けるのか

・営業できるのか

ってこと。

自分の中で、当たり前、習慣化してるもの、やっていて疲れないものじゃないと、

他人にも認められないし、稼げないよってことだね。

逆に言うと、現時点で他人に認められてるもの

お金を稼げてるものは、自分の好き嫌い関係なく、

得意である可能性が高い。つまり、歯を磨くみたいに当たり前にできてるってことだね。

吸って吐くか如くできるものってなんだろう?

書くこと?寝ること?人と話すこと?

自然にできてしまうもの。猛烈に好きじゃなくて、やっててあんまり疲れないもの。

お探し中です。

 

自分のことなんてどうでもいいから

結局、人生楽しむことだけしか考えてないから。

 

人生楽しんでる人は、「人生楽しんでること」が当たり前で、

考えることは、もっと人生楽しむためにはどうすればいいかということ。

必然的に「もっと人生楽しむ」という目的を達成します。

・環境変える

・仕事辞める

・我慢やめる

・などなど

「もっと人生楽しむ」ためなら、環境変えれるし、仕事も辞めれます。

よく聞く

「環境変える変える」詐欺

「仕事辞める辞める」詐欺

しません。

「もっと楽しめる」なら、勇気出して、すっと辞めます。

僕の場合、年末で親ローンを返済し終えます。

終わったら、マジで環境変えます。マジで仕事辞めます。

それは、仕事が嫌だから辞めるんじゃないです。

仕事を辞めたり、環境を変えるのは

好きの純度を高めるため。今、50%楽しかったら、何も変えなければ50%楽しいままです。

「もっと楽しむ」ってことは、好きの純度を50%➡60%にしようとすること。

そのために今の仕事先から家の往復というルーティンを見直して変える。

仕事場を変える

家を変える

職業を変える

人間関係を変える

それが環境を変えるってこと。

 

人生楽しむことしか考えてなくて。

どうやったら、自分が楽しめて、しかも自分の好きなことで相手が楽しんでくれるかなしか考えてない。

自分が100%楽しむために、自分のこと無礼に扱ってくることがらに対しては徹底して「No」って言ってきた。

・我慢しない

・いいたいこという

・やりたくないことやらない

を徹底した。そうやって自分のこと大切にし続けると、今度自分のことなんてどうでもよくなってくる。

自分なんて、いくら傷ついてもいいから、相手のこと喜ばせることを考えるようになった。

自分のこと大切にしまくって、

それに飽きたら、

外に関心が向いて、自分が出来る範囲で

相手のこと喜ばせようとして、

それはブログかもしれないし、得意なことかもしれないし、好きなことかもしれない。

僕の行動原理は基本こんな感じ。お金も同じ。

お金も自分のご機嫌とるために使います。

我慢しません。買いたいもの買うし受けたいサービスも受ける。

自分の機嫌を取ることが上手になって、余裕が出てくると、

相手が喜ぶためにお金を使います。

 

まず、自分の機嫌とってナンボ!

自分のこと大切にしてナンボ!

他人のこと喜ばせようって考えるのは、自分のご機嫌とることに飽きてきたとき。

 

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悪い想像は確認することで外れる

想像は大抵外れる。

・どう思われてるんだろう

・怒られるかも

・嫌われるかも

・失敗するかも

・負けるかも

・断られるかも

だから、想像はちゃんと確認してあげないと。

想像と確認はセット。

「嫌われると思って、いいたいこといってないならいう

迷惑かなと思って、助けてほしいっていってないならいう」

これが確認。

ほとんどの場合、いいたいこといっても嫌われない。

迷惑かなと思ってたものも、迷惑じゃない。

確認することで、むしろ喜ばれたり、好かれることだってあるし、

なにより、他人は自分に対して優しいということが実感できる。

8割の悪い想像は確認することで外れたと分かる。

残り2割。ほんとに悪い想像当たった場合。

・嫌われてる

・負けた

・失敗した

・怒られた

・断られた

・恥かいた

「勇気ちゃん」出した結果、失敗した後、必ず自己否定する。

・落ち込む

・悲しい

・タイムマシーン乗って、失敗する前に戻りたい

・恥ずかしい

・etc...

失敗したら、誰でもネガティブになるし、自己否定します。

するんだけど、失敗して、しばらくたった後(2,3日後)、落ち込んだままの人と落ち着きを取り戻した人の二通りのパターンが出てくる。

心の仕組みから言うと、落ち込んでる人は混乱してる人で、自分がどっちに進むべきかのコンパスが定まってない状態。富士の樹海でコンパス見るとグルグル回ってる感じ。

逆に落ち着いてる人っていうのは、どっちに進むべきか定まってる人。

落ち着いてる人は落ち着こうとして落ち着いてるんじゃなくて、失敗したあとの感情を自覚してる人。

「今、悲しい」

「今、傷ついてる」

「今、食事ものどを通らない」

って自覚してる人。でね、最後行き着くところは、結局、何も起こってないよねになる。

「悲しいけど。それだけで何も起きない」

「傷ついてるけど。それだけ」

ガチで何も起こらない。何も起こってないを知ってる人が落ち着いてる人ってことになる。

「言葉を多く知ってる人は、悩まない」って言われてるんだけど、これに似てる。

いつまでも失敗して混乱してる人っていうのは、感情を言語化せず、自覚しないから、感情が宙を舞ってる状態。

だから、いつまでも悩むし、ネガティブなわけ。

感情をノートに書き出して、言語化すれば、感情を俯瞰でみることができる。

ほんで、ざわざわしてるのは感情だけで、何も起きてないことを知る。

そうすればネガティブな感情は成仏される。

「ノートにネガティブ書き出せば成仏される」➡これ、大切。

ネガティブな感情が宙に舞ってる状態=想像

宙に舞ってるネガティブを書き出して、言語化する=これ、確認

想像っていうのは、大抵外れる。

ピントがぼやけてる(想像)は、ピントを合わせれば(確認)する。

悩んだままとかネガティブなままってことは、

ピントがぼやけたままってことだね。じゃあ、何をすればいいか分かるね。

 

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人見知りはウソ

ネガティブな人って、「今、ここ」に集中できてないだけ。

ネガティブな人って、めっちゃ頭の中で会話してるけど、別に偉くともなんともない。

ほぼ、考えてもムダなこと。っていうより頭の「これ、やりたいな」と思ってるものを具現化してないから、ムダなことばっか考えちゃってる。

ネガティブな人は混乱してるだけ。

人見知りも頭の中で会話して具現化せずに混乱してるだけ。

別に賢くない。優れた人にはネガティブと人見知りが多いって?

ポジティブな人とか悩みが多い人はバカそうって?

別にいいけど、ずっと悩んで、混乱してるのんって生きづらくない?

人見知りって、その場の状況読んで、これ言えば正解っていうのが探すのが上手なんだよね。他人にどう思われるかどうか気にしてるってことは、空気読むのがうまいってことだよね。だから、初対面だとうまく話せないだよね。自分から話すより話しかけられたいって思っちゃってる。話させるために自己紹介のときに「人見知りなんで」っていって、気使って話しかけてもらう。

なんか別にこれでもいいけど、それズルくない?

まず前提として、そんなん言ったら、皆、人見知りだわってことだよね。

前提として、みんな話しかけられたいと思ってるんだよ。だって、自分から話しかけるってことは、その話の責任を話しかけたほうが負うわけだから。

だから、話しかけられたほうが楽。だってQ&Aで答えればいいだけだから。

ってなると人見知りはウソだよねってこと。

要は、結局、傷つきたくないから、自分から話しかけないだけ。マジでこれだけ。

さも、人見知りだから、初対面で話すのは苦手です。無理ですみたいな体をとってるけど、無理じゃない。傷つきたくないだけ。コミュしてミスりたくないだけ。

反対に、人見知りじゃない人は、傷ついてもいいから、話しかけてるだけ。

思ったことをただ話してるだけ。

コミュ術とかそんなんない。

そう思ったことっていう球が飛んでくるからそれ打ち返してるだけ。気持ちいいから。

 

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仕事ができることも、苦労することも「クソ」だと思ってる

何も書くことが思いつかない日ってあるよね?

今日がその日。何も思いつかない。

思いつかないから、爪を切って、お米を研いで、炊飯器に入れた。

その15分間で思いつくかなと思ったけど、思いつかない。

仕方がないから、こうやって書いてたら、明確な何かが見つかるような気がして、書いている。あやふやで、暗闇でただもがいてるだけだ。

結局、書く前と書き始める前と変わらない。思いつかない。

今、どういう感覚で物を書いているのか?

まず、思考のスイッチは切っている。「ただ、書いてる」それだけ。

何か違うことが思いつけば、別の書こうと思ってる。ただ、その状態。

最近、ずっとこんな感じだ。

誰かと話すとき仕事をしてるとき、何も考えてない。

雑談してるときいつも、何も考えてない。

「話したい」っていう衝動があって、とりあえずその衝動に委ねてみる。

だから、正直、誰かに話しかけてる。話すことなんて決まってないことが多々ある。

人と話すとき「あの.......」とか「えっと.......」とかあたかも話すことあったけど、忘れちゃったみたいな感じになるけど、何も考えてない。

.....の間になにか思いつけばいいなと思ってる。

それで思いつくこともあれば、思いつかないこともある。

こういうのを一般的には「見切り発車」と呼ばれるみたい。

最近、ずっと「見切り発車」だと思う。

ただ、思いついたことをすぐやる。やりたいことをすぐやる。

たぶんこれからも「見切り発車」し続ける。

悩んだり、考えたりする時間がもったいないから、「見切り発車」する。

やった後のことは考えなくていいから、「見切り発車」する。

計画とか目標とかいらないから、その時それやりたいと思ったら、それやる。

正直言えば、

勉強することも

資格をとることも

是が非でも大学へ行くこと

頭がいいことも

仕事ができることも

全部、「クソ」だと思ってる。

僕は、中学三年で勉強することをやめた。単純に勉強することが嫌いだったから。

いい大学に入るために、安定した企業に勤めるために、今我慢して勉強することは「クソ」だと思ってた。

大学四年生になると、僕の周りは皆が皆スーツを着て就活し始めた。本当に「クソ」だと思ってた。大半は、皆が就活するから僕も就活しようみたいな連中だと思ってた。ただ群れてるだけ。そういう奴みて「クソ」だと思ってた。

同様に、仕事ができることなんて「クソ」だと思ってるし、

お金なんて「クソ」だと思ってるし、安定した企業に勤めることなんて「クソ」だと思ってる。

お金なんてどうでもいい。仕事ができることなんてどうでもいい。

とは思ってるけど、なぜか仕事をしてて、なぜか貯金がある。

でも、僕には貯金したいなんて欲はない。親にお金を返すという目的ができたから、興味のないお金貯えをしてるだけだ。

ホントは貯金することなんて「クソ」だと思ってる。

そして、仕事もしてる。たぶん、それは好きだから。

お金が出なくても、仕事はするんだと思う。

そもそも「お金のために」働いてない。好きで働いてる。

漫画読む。お笑い見る。働く。そういう感覚なのだ。

働いてる感覚なく働いてる。当然そこには、我慢してる感覚もないし、努力してる感覚もない。

大人が植え付けた仕事というのは本来しんどいものという価値観は「クソ」だと思う。

「クソ」が苦労して15万円稼ぐぐらいなら、こっちはイージーに15万円稼ぐ。

簡単に入った15万円は、簡単に手放せる。どうせ簡単に入ってくるから。

親にお金を返し終わったら、お金の循環は元通りになる。

簡単に入れて、簡単に出す。お金がなくなっても、あまり興味ない。

なんせ、今まで貯金なんてしてこなかったから。自分でいうのもあれだが、金払いが良すぎるのだ。自分が楽しめるためにはいくらでもつぎ込めるし、他人が楽しめるためにもいくらでも使える。

それぐらい、お金に興味ない。

そうやって、「クソ」だと思ってることをやっていくんだと思う。

ただし、楽しく、簡単に、思い悩まずに「クソ」だと思ってることをやる。

 

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「藤田ニコル力」と「ローラ力」

「勇気ちゃん」って一回出すと、しばらく出さなくて済む。

三ヶ月に一回「勇気ちゃん」だす。1クールに一回「勇気ちゃん」だす。

「勇気ちゃん」出した結果は関係ない。

いい結果なら喜べばいい。

悪い結果が出れば、普通にネガティブになる。

試合に出れなくて、悔しい

上司に怒られた

これは、普通に落ち込む。めっちゃネガティブになる。

だから、その感情を邪魔くさいけど、ノートに書く。

すると雑多な感情は整理され、感情を俯瞰で見ることができて、落ち着く。

落ち着くとは、曖昧な感情を書くことではっきりした感情にすること。

ぼやけてるピントを合わせる。それがノートに感情を書き出す意味。

失敗して落ち込んでるときって、どうせなら失敗する前の状況に戻してほしいと思って、後悔するけど、落ち着いた今考えると「勇気ちゃん」出したほうがよかったなと思う。

なぜかって、あのとき「勇気ちゃん」出せてなかったら、モヤモヤした感情のままだったから。

「勇気ちゃん」出して、悪い結果出て、落ち込んで、自己否定するけど、しばらくすれば治ったとき、そこにモヤモヤした感情はない。

やっぱり、失敗するとしても「勇気ちゃん」は出しておいたほうがいい。

 

しばらくは「勇気ちゃん」を出す場面もない。

目に見えてる現実はしばらく(2、3か月)は変わらない。

年末には親への借金が返済し終えるから、そこまでは「今」が続く。

「今」が続くということは、毎日、「今」と向き合うということになる。

今までも、特にこれからも意識することは、

①心地よいものだけを選ぶこと

②自分のご機嫌をとることに集中する

③「今」に集中する

➡ブログ書いてる「今」に集中する。漫画読んでる「今」に集中する。

スーパーでレジ打ってる「今」に集中する。

 

「今」に集中できてるとき、難しいことなんて考えてない。

逆にうまくいってないときは、「今」に集中できてなくて、難しいことを考えてる。

だから、「思いつき」で動いていいし、テキトーに動いていいし、刹那的でいいし、とりあえず今やってることに集中する。

藤田ニコルは難しいことを考えてないと思う。

バラエティに集中してるし、いい意味で「思いつき」で、テキトーに言葉を発してる。

ローラも難しいことを考えてないと思う。

「あれ、やりたい。フフッ、オッケー!」という「思いつき」で

バラエティでて、ファッションして、音楽して。それらをしてるとき「今」に集中できてるときだと思う。

もっと「思いつき」でいいし、もっと「テキトー」でいいと思う。

難しいことを考える余地がないくらいに、今に集中するために

 

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「もし、一か月後死ぬとしたら、今のままで後悔しない?」

「もし、一か月後死ぬとしたら、今のままで後悔しない?」

たぶん、後悔する。

だから、まず、自分で考えられる限りのやりたいことをしまくると思う。

死んで後悔しないために、恥や外聞無視してやる。どうせ、一か月死ぬわけだから、恥や外聞は天国にいるから耳に入ってこない。

だから、東京03の単独ライブのチケットとって見て、大学のとき好きだった人とLINEして頑張って直接会って、家族団らんで外食して、死ぬ前に仲良くなって、読むたくてまだ読んでない漫画を読み終えたいし、自分の発した言葉で100人ぐらいの人死ぬほど笑かして、死ぬほど笑かすけど、「死ぬのは僕だけどね」と1人ほくそ笑み、大好きな人とディズニーランドとかUSJとか行ってみたい(どっちも一回しか行ったことないから)

 

って、挙げたらキリがない。

死ぬとき後悔しないために、現世で全部やる。

実際死んでいく人は、やらなかった後悔をしながら死んでいくみたい。

三途の川の瀬戸際にいる人あるあるです。

だから、「これ、やりたいな♪」って思ったら、ちゃんとやらないと、

このチャンス逃したら、もうそのチャンス来ないなら、ちゃんとそれなりの行動しないと、

それなりの行動っていうのは、ちゃんと

言いたいこといったり

誘ったり

話しかけたり

「いつか言いたいこと言おう」「いつか誘おう」「いつか話しかけよう」って思ってたら、いつのまにか、いなくなるから。

「いつか」が口癖の人だって、

明日死ぬと分かったら、「いつか」と思うものだってやるだろう。

やって失敗しても傷ついても恥かいても、明日死ぬんだし天国まで現世の失敗を持ち込まない。

あと、「100%成功します」とか「失敗しても100%大丈夫」とか「失敗しても不安視する出来事が起きない」っていう安心保証がついていたら、

「いつか」と思うものすべてやると思う。

で、ほんとのところ、事実として

「失敗しても大丈夫」な世界に生きてるんだけどね。

それを自覚して生きれてる人と自覚できず生きてる人の2パターンいるってだけ。

で、圧倒的に「失敗しても大丈夫」を信用できず自覚できず生きてる人が多いってだけ。

失敗しても何も起きない。恐れてることまー起きない。

ってことは、「大丈夫」ってこと。

失敗しても失敗する前と状況は変わらない。

だから安心して、具体的に行動しても平気だよ。

 

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